2017年12月08日 舞台のこと
12月九皐会の申し合わせが済みました。つまり納会ということですね。早くも一年が過ぎ去ろうとしています。今年の締めくくりは、中森健之介君の「猩々・乱」になります。今日、健之介君の乱を見ながら、20代の頃を思い起こしたりしました。早いものです。乱はとても難しい、普段することのない足使いをして、舞います。通常の稽古に、乱専用の稽古を加えないといけません。ですから当日はぜひ、稽古の成果を余すところなく発揮してもらいたいと思います。 私は9:00から申し合わせの前に、来月の「翁」の稽古能をさせて頂きました。身が引き締まります。「翁」は能を舞うといより、祈りを捧げるような感じがします。天の神、地の神に祈りを捧げ、人の世の幸に願いを込める。能を舞うとは思えませんね。 来年に限ってですが、九皐会の年始の代表を勤めさせて頂けるような、重責ながら晴れがましい、気がしています。諸先輩の頃は、稽古能で「翁...続きを読む
2017年12月07日 コラム
今日は蓮田市慶福寺でのお稽古でした。好天で日差しも十分ですが、お寺はちょっと冷えていました。お休みもなく、良かったのですが、小学5年生が、来年から1年間お休みすることになりそうです、とお母さま! 塾が丁度お稽古日にしている、木曜日なのだそうです。お稽古に通い始めた頃は、稽古場を走り回っている、元気印だったのですが、段々お兄さんになり、挨拶もしっかりできるようになり、稽古も順調です。さりながら、成長と共に、社会の掟も容赦なくやって来ますね。「体に気を付けて頑張りなさい」としか言えませんが、大きく成長することを見守りたいと思います。子供たちの成長は楽しみな反面、物寂しさも伴うようです。一年後には、元気な笑顔を見せてくれることを楽しみに、待ちましょうかね!
2017年12月06日 コラム
現実を受け入れないといけない。受け入れたくなかったが。 観世流太鼓方宗家の観世元伯師の訃報に接したのは、土曜日でした。昨年から闘病生活を送っていたことは、よく存じ上げていました。今年の夏は京都の会でご一緒で、話をすれば以前と全く変わりない様子でした。 昨年は会の後に「ちょっと行こうよ!」と、神楽坂で2人で随分いただきました。以前はよく行っていましたが、段々忙しくなり、時が経ちました。20代の頃は、みんな時間が有りましたので、会が終わると、その日の出勤料を大方使ってしまうような事も間々ありました。「俺が打ってるのに、あんなことするな!、信用してないのか?」なんて言われて、こちらもすきな事を言って、ワイワイと貴重な時間でした。 キレイなお顔のままで、今にも起きて話してくれそうでしたが、叶わぬ事となりました。 彼と一緒の時間を過ごせたことに感謝します。走り続けた51年でしたね、お...続きを読む
2017年12月05日 コラム
今日は矢来能楽堂近隣の小学生を招いての、能楽鑑賞と体験教室がありました。もうかれこれ30年程前に始まりました公演です。始まった当初、私はまだ内弟子で、能楽堂に住み込んでいました。時の経つのは早いものですが、その時から今に至るまで、長い期間続けてきた事にも驚きます。ここ数年、他の仕事とぶつかるため、出演できなかったのですが、本日は久しぶりに出勤できました。 現在は近隣の小学校6校をご招待しているそうで、午前、午後の2回公演になっていました。大きな声を出して全員で謡い、代表の児童が体験している能の型や、太鼓に声援が上がります。みんな楽しめたようですね。以前近所の中華料理店のお子さんが、来てくれたことがありました。その後食事に参りました折に、本人が来て、舞台の他に、着ている物や和服にも興味ができたと、話してくれました。その子は小学生の時に見て、高校生になっても興味を持ったままだと言っていまし...続きを読む
2017年12月04日 舞台のこと
同門鈴木啓吾氏のご先祖様にあたる、鈴木三郎重家を元に作られた曲「語鈴木」が、この度復曲上演されます。この度は「鈴木三郎重家」と曲名を改めての復曲上演です。重家は義経の家臣としましては、大変な猛者で、最後まで義経に随行していたのだそうです。 重家は母の身を案じて義経一行から一度は離脱するものの、義経の元に向かいます。運悪く頼朝側に生け捕られますが、頼朝を論破し、頼朝から自分に使えるように言われるものの、義経の元に向かうという筋です。 現在物で場面転換もはっきりして解りやすく、現行曲にはない事などもあり、真新しい事もあり、面白くなっています。今日の打ち合わせで大筋はまとまりました。これでシテの鈴木氏の気持ちが固まれば、方向性が決まります。楽しみにしたいと思います。
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観世流能楽師 奥川恒治能のHana

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