上演曲目「女郎花」の解説 | 能のHana

過去のHana上演曲目「女郎花」の解説

2005.09.09

風がだいぶ秋らしくなりましたが、まだまだ残暑厳しい毎日です。

10月1日(土)に能を知る会、鎌倉能舞台で勤めます「
女郎花(おみなめし)」のご案内です。「女郎花」曲名を見ますと可憐な花のイメージで、きれいな女性の主人公でも登場しそうなのですが、さにあらず。前段は花守の老人、後段は小野頼風(おののよりかぜ)
という男の亡霊です。

九州
松浦
(
まつら
)


(
がた
)

(佐賀県)から一人の僧(ワキ)が都を目指して旅に出ます。摂津の国(大阪・兵庫)男山の麓に着くと女郎花の花が今を盛りと咲いていました。一本手折ろうとする僧に老人(前シテ)が声を掛けます。
「女郎花は歌にも詠まれた男山の名草だから気安く折ってはいけない」
そう言う老人に僧は「仏に手向けるのだから許してほしい」とこたえます。
ここから二人の歌問答となります。(歌を引用して自身の言い分を主張しあいます)

老人「折りとらば 手ぶさに穢る立てながら 三世の仏に花奉る 
(手折るとその手で花が穢れてしまいそうなので、折らずにこのまま諸仏にお供えしよう)

と僧正遍昭の歌を引けば僧もまた遍昭の歌で返します。

僧「名に愛でて 折れるばかりぞ女郎花 
(女郎花と言う名前が面白いから折ったのだ)

すると老人は「われ落ちにきと人に語るな 
(私が見初めて手折ったと人に語るな)と下の句を続け、僧の誤りを指摘します。

それならばと僧は「もと来し道に行きすぐる」と立ち去ろうとします。

その言葉を聞いて老人は
女郎花 憂しと見つつぞ行きすぐる 男山にし立てりと思えば 」
(この美しい女郎花が男山に立っているところを見れば夫を待っているのだろうから残念ながら見過ごして行こう)

と古歌を引いて喜び花を一本お持ちなさいと僧に勧め、山上の八幡宮への参詣を望む僧を案内します。女郎花、男山の謂れを尋ねる僧に老人は麓の男塚、女塚を案内し自分は小野頼風の亡霊とほのめかし消えます。

所の者(アイ)から頼風夫婦の悲劇を聞いた僧は夫婦の跡を弔います。
読経している僧の前に頼風(後シテ)と妻(ツレ)が現れ、かつて起こった悲劇を語ります。
妻は都で契りを交わした頼風を追って尋ねて行きますが、頼風が留守をしていたため家人から邪険にされます。妻はその悲しみのあまり放生川へ身を投げてしまいます。それを知った頼風が死骸を土に埋め(女塚)、そこから女郎花が生え自身も悲しみのあまり妻の後を追って放生川に身を投げ、その骸は男山(男塚)に葬られたことを語ります。そして地獄に落ちた身を助けてほしいと回向を頼むのでした。

本曲は「くねる」(すねる)と言う言葉がキーワードになります。恨みを残し身を投げた妻の心情をこんな形で現します。
「夫の寄ればなびき退き、また立ち退けば元の如し」
女郎花が風になびく姿は夫から見れば、すねて逃げる(くねる)ように見えたのでしょうか。
「くねる」という言葉の響きが女郎花の姿をよく現しているように思います。頼風を気まぐれな浮気男と見るか、不運な男と見るかで曲の解釈は随分変わって参ります。また、前段で八幡宮参詣のため登上する一説は後で麓の男塚女塚へ行くために下山することを思えば蛇足の感もあります。しかし夫婦の悲劇は妻が尋ねてきた時に夫が山に登っていて留守をしていたがために起こった事、それを思えば大切な一場面になります。

「女郎花」いろいろな表現を許容できる多くの可能性を秘めた曲です。
皆様の目にはどのように映りますか、ご高覧ご批評戴けましたら幸いです。

能を知る会  於:鎌倉能舞台

解説「謡曲」中森晶三
狂言「魚説法」高野和憲
能『女郎花』午後:奥川恒治

平成17年10月1日(土)午後の部:14時始まり

上へ
戻ります

観世流能楽師 奥川恒治能のHana

CLOSE