Hana奥川恒治が綴る日々のblog

2013.08.19過去のHana安宅 その三

義経捕縛に執念を燃やす頼朝は、国々に新しく関所を設け、山伏に扮した義経主従の詮議に当たらせます。ここ加賀の国(石川県)安宅の湊では、富樫(ワキ)が関守を仰せつかり、今日も供人(アイ)に山伏を固く詮議すように申し付けています。

義経(子方)を先頭に辨慶(シテ)、同行山伏(ツレ)、最後に強力(アイ)、総勢12名が一気に舞台に登場し、都から加賀の安宅の関までの道行を謡います。太刀を数珠に持ち変え山伏姿となった主従の、追われる身としての緊張感漂う夜の都落ちに始まり、逢坂の関を通り琵琶湖へ抜け、舟で琵琶湖の北岸海津に行き、敦賀から陸路を一気に安宅の湊へと向います。
足早なイメージで始める道行は勢い良く始まり、琵琶湖を渡る舟に乗った心持で一端ゆったりとし、最後の陸路は一気に駆け抜けるかのように安宅に向います。最初の舞台への登場イメージを持ちつつ、この道行を聞いていただくと、動かずに謡っているにもかかわらず、場面が大きく変化して行くことを感じられるやもしれません。

安宅の湊に着いた一行は早速関の事を知り、談合を始めます。腕に覚えのある精鋭たちばかりですから、「この関一つ打ち破る事は造作もない!」と武闘派の意見も出ますが、そこは辨慶、ここで事を構えてはこの先が不味いであろうと、一計を案じることにします。
辨慶の提案で義経を従者の姿に変えることになります。義経が重い笈を背負い、笠をかぶり大きな杖を付き、よろよろ歩く姿はいたわしい限りでした。(辨慶が義経に笈を渡す時に、笈の重さを際立たせる場面があります)
物見の報告を聞き、義経が仕度を終えると辨慶の言葉で皆気持ちを変え、心を引き締めて安宅の関所へと入るのでした。

歴史に残る関守富樫と武蔵坊辨慶の壮絶な攻防が幕を開けます。

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