2017年04月16日 舞台のこと
今日は新潟で会がありました。故遠藤六郎師の地元でもあり、ご存命の頃から折に触れ、新潟、長岡の演能会には及び頂いておりました。現在は二人のご子息が後を引き継いで、会を承っています。このところは面白い企画をして、ご来場のお客様にお楽しみ頂けるように工夫しているようです。本日は1部が「二人静 」、2部が「船弁慶」で、一人が通して静御前を演じる企画でした。1部は満席、2部もほぼ満席と大勢のお客様にお運び頂きました。ご来場のお客様には厚く御礼申し上げ、次回を楽しみに待ちたいと思います。「船弁慶」の静御前役の遠藤和久さん、ご長男と親子共演になりました。幸せですね!
2017年04月15日 お稽古のこと
お稽古は続けることに意義があり、進歩があります。お弟子さんも続いているかたは、10年からそれ以上になり、身内のような感覚になります。今日はこのところ体調と仕事の都合でいらっしゃれなかった人の、臨時稽古日にしました。長いお付き合いになれば、そんな時もでてきます。普段別の場所にいらっしゃっていても、自宅にお稽古場があるとそう言ったご要望に対応できるところがいいです。お稽古ではこんがらがった記憶の糸をほどきます。合点がいって、納得できれば今日の成果、必要以上に進めずに、先は次回の楽しみにします!
2017年04月15日 日々のこと
一昨日は高校の同級生と会って、話しとお酒がすすみました。毎年ゴールデンウィーク中に担任の先生方をご招待して、3クラス合同の同期会をしています。男子校なのでおじさんが30人位集まってしまうこともあり、かなりむさ苦しい状況ではありますが、楽しい!ご高齢の先生で、これがまたお酒が大好きで、なにを差し置いてもいらっしゃってくださる先生がいます。この先生の授業は解りやすく、面白かったので、現在の僕のお手本になっています。さりながらこのところ歩行器が必要となり、お酒の席は難しくなってしまいました。今年からどうしようかと相談の末、先生に会いたい人は少人数で訪問して、飲み会は申し訳ないのですが、お声を掛けずやろうと言うところで落ち着きました。お互い50を過ぎて、持病の一つも持ちながらも「深刻じゃなくて良かった」と笑って飲めるうちがハナでしょうか!段々と安否確認の域に入りますが、それもいいかな。
2017年04月13日 日々のこと
今日は同門の後輩の写真撮影のお手伝いをしました。撮影は幾度となく参加していますが、目でみるのと、カメラのレンズから見える絵とが違うところに最初の頃は苦労しましたが、最近のカメラはPCで見ることができるのでありがたいです。天地が逆になっていたりすると、面の向きなど分かりにくいものでした。写真は出来上がるとカメラ独自の世界があって、新たな発見や気付きがあり、それを見るのはとても楽しみなのでした。
2017年04月12日 お稽古のこと
今日は暖かくなりました。三寒四温が激しいので、気を付けないといけないですねー 昨日は曙橋にある住吉町でのお稽古でした。長いお付き合いになりますが、皆さん元気にお稽古にいらっしゃるのがいい。なんと言っても楽しそうだ!そして最近謡への取り組みが変わりました。一人一人の向心が上がり、結果上達していける。素晴らしいな!
2017年04月05日 お稽古のこと
今日からさいたま新都心ラフレでは「杜若」が始まりました。伊勢物語を調べているうちに、摂関政治までたどり着きました。懐かしい学問の香りがしました!皆さんも知識の向上とお話に、満開の花が咲いていました。
2017年03月03日 「藤戸」後記過去のHana
2月26日(日)九皐会若竹能にて「藤戸」が無事に済みました。晴れ晴れとした青空の好日で、佐々木盛綱(ワキ)もさぞかし心地よく入部したことと存じます!以前倉敷を訪れてその地を見て回った時も好天、汗ばむほどでしたので、その日のことが思い浮かぶ「藤戸」日和でした。ご来場賜りました皆様には、厚く御礼申し上げる次第でございます。ありがとうございました。「藤戸」は大変難しい曲でした。前半は能の演技形態としては異例なほどの写実性です。能としての枠の中で収める、また冒険してはみ出てみる、を繰り返します。体からにじみ出る体臭のような感情が、抑えきれずに湧き出てしまうところが一つの肝でした。削り尽くした僅かな動作と言葉に思いを込め、前半が進みます。前半のピークは盛綱のところに母親が迫っていき、盛綱の脇差を取りに行き「自分も子供と同じようにしてくれ」と、迫るところでした。当然ながら盛綱に払われ、地にひれ...続きを読む
2016年12月25日 若竹能「藤戸」のご案内過去のHana
2月26日(日)に九皐会若竹能で「藤戸」を舞わせていただきます。流儀としましては210曲から9番選出した九番習いという、重い扱いの曲です。

源平の合戦の頃、まだ海に隔てられていた岡山県倉敷市の辺りで、源平両軍は対峙していました。水軍に乏しい源氏軍にとって、向かいの平家軍へ攻め込めないことは屈辱的な歯痒さでした。源氏の武将、佐々木盛綱は、土地の男に馬に乗って海を渡れる浅瀬を教えてもらいます。海を馬で渡ると言う前例はかつてなく、その先陣はどれ程の功であるか、計り知れないものでした。盛綱の狙いは見事的中し平家は大敗、その恩賞に藤戸の児島を賜るのでした。しかし、その戦功には人には言えぬ秘密がありました。盛綱は浅瀬を教えてくれた男を殺害し、海に沈めていたのでした。それは稀代の戦功を横取りされたくないと思う、盛綱の欲望に他ならなかったのです。

能「藤戸」はこ...続きを読む
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観世流能楽師 奥川恒治能のHana

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