2009年10月01日 第4回奥川恒治の会過去のHana

今年で4回目になります私の会も9月26日(土)に汗ばむほどのお天気に恵まれ、滞りなく済ませることができました。

今回上演曲に選びました「山姥」はとても難しい曲でした。何よりも山姥自体の正体がこれといった、一言で言い表すことのできない存在であり。また、存在理由、目的といったこともはっきりしません。曲としての構想はとてつもなく大きいのですが、捉まえるべき核と申しますか芯といったものが定め難い曲でした。つまりどこから切り崩して、取り組むかという点からもハードルの高い曲と言えました。

かつて先人からこんな話を聞いたことがありました。大きな世界を表現する事だけを考えても駄目、むしろ小さいものを積み重ねて済んでみたら大きかったとなるように考えなさいと。 目から鱗 の話でした。

ご覧いただきました皆様にはどのよ...続きを読む

2009年09月23日 第4回奥川恒治の会「山姥」3 ~「山姥アイ狂言の不思議」過去のHana

9月26日(土)に第4回目の私の会で上演致します「山姥」のご案内その3です。

能は前半、後半に別れて上演する場合、狂言方がアイ語りをする曲が多いです。このアイ語りは、その昔その場所であった出来事等を語り、前半の登場人物を推測し後半へと繋げていきます。山姥のアイはワキに問われ、山姥には何がなるかという話をします。

1うつぼ・2桶・3鰐口(わにぐち)・4山芋(ところ)・5木戸(きど)→鬼女(きじょ)

最後はダジャレのようになっています。結局のところ何が山姥になるかのか?という結論は出ません。山姥とはそれほどに実態が掴みにくい存在なのです。

このアイ語りの中で山姥になるものは「物か草木」です。生命を持ち、言葉を交わす存在とはかけ離れているように思いますが、舞台上では実態としての山姥が現れ、遊女と...続きを読む

2009年06月23日 第4回奥川恒治の会「山姥」2過去のHana

女が自身の正体を明かし、かき消す如くに姿を消したところで前半は終わりました。

さて その続きは!

半信半疑だった遊女でしたが月光の中、山姥(後シテ)はその真の姿を現します。山姥は壮大な山の景色を描写し、善悪正邪の差別はないとする平等観と、差別観から見た種々の森羅万象を説きます。その風貌は雪のかかった茨のような白髪、星の如く輝く眼、朱塗りの鬼瓦のような顔色で、「鬼女」と聞いていた通りの恐ろしい姿なのです。が、「恐れることはない」と言う山姥の言葉に遊女は謡うのでした。

「よし足引きの山姥が 山廻りするぞ苦しき」
(山姥は山廻りに苦しみ、人は善悪の差別観に捉われて六道の輪廻に苦しむ)

山の起こり、海の始まりから自然観を語り、山姥自身の核心へと迫ります。雲の如く自在な身を方...続きを読む

2009年06月09日 第4回奥川恒治の会「山姥」1過去のHana

毎年11月に催していました私の会「奥川恒治の会」を、今年は9月26日の第4土曜日に行います。場所も矢来能楽堂から水道橋の宝生能楽堂へと移し、大きな空間でスケールの大きい能「山姥」をお楽しみ戴こうと思っております。

山姥と言うと日本昔話に出てくるような恐ろしげな鬼女を思い浮かべますが、さにあらず!能の中の山姥はむしろ心優しい山の精です。荷物を持って山道を歩く人を助けたり、里まで送ったりするような存在で、仮の姿はあるものの実体は自然そのもののような気がします。

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2009年05月01日 風のいい季節過去のHana

新緑が芽吹き始めました。梅雨までの短い間ですがこの季節は特に好きな季節です。みずみずしい若葉は生命力に溢れた力強さを感じさせてくれ、パワーを貰える気がします。でも大好きな理由はそれだけではなく、むしろこの季節の風の匂いなんです。何とも言えず心穏やかになる気がします。

先月になりましたが、のうのう能で「鵺」を務めさせて戴きました。私の希望で前シテはちょっと変わった色目の装束にさせて戴きました。ご覧戴きました方でご意見やご感想がありましたら、教えていただけますとありがたいです。

私はあまり一曲について再演をする機会がないのですが、再演と言うのは初演の時と違って一度走ったことのあるコースをもう一度走るような感じがしました。ゴールを一度経験しているのでなんとなく舞っていましても落着きがいい気がします。再演、再々演と重ねて、一曲の味わいを深く...続きを読む

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観世流能楽師 奥川恒治能のHana

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